今週のヘッドライン: 2023年12月 2週号
収入保険と野菜価格安定制度の同時利用の特例について、農林水産省は2024年の収入保険新規加入者には2年間適用することを決めた。既に収入保険に加入している22年、23年加入者は同時利用期間を1年延長して3年間とする。ただ、同時利用が23年で終わる21年加入者は、年内にいずれかの制度選択が必要。野菜価格安定制度から収入保険への移行を促進する目的をおおむね達成したことを理由に、25年以降の新規加入者には適用しない。NOSAIでは、収入保険に移行した場合でも「緊急需給調整事業」に参加できることなど丁寧な説明に努めている。
〈図:収入保険と野菜価格安定制度の同時利用期間〉
自民党は11月30日、農林関係合同会議を開き、政府の「食料・農業・農村政策の新たな展開方向」に基づく具体的な施策案を取りまとめた。食料の安定供給の確保に向けた構造転換では、2027年度までに水田でのブロックローテーションや畑地化を集中的に推進し、麦・大豆のシェア拡大では意欲的な目標を設定して団地化など生産性向上を図る。農地の総量確保と適正・有効利用の強化では、法改正も視野に地域計画内農地の転用規制強化など具体化するとした。環境負荷低減では、農林水産省の全ての補助事業などの申請時に取り組みと報告を義務化する「クロスコンプライアンス」の導入を提起した。近く正式に決定し、政府に提言する。
政府の新たな経済対策の裏付けとなる2023年度補正予算が参院本会議で11月29日、自民・公明両党と日本維新の会、国民民主党などの賛成多数で可決、成立した。
農林水産関係予算は8182億円で、食料安全保障の強化に向けた構造転換対策に2113億円を計上。水田の畑地転換を促す「畑地化促進事業」は750億円、海外依存の高い麦・大豆などの導入・定着を支援する「畑作物産地形成促進事業」は180億円を措置する。
生産資材の価格高騰は、農業経営に大きな影響をおよぼしている。会計ソフトの簿記データから、経営分析を行う一般社団法人農業利益創造研究所の平石武理事長に、経営データから見える費用の上昇や資材高騰下での経営手法について解説してもらう。
災害時の停電・断水などの際にも役立つカセットガス器具。一方で、万が一の際、安全に使用するためにはカセットこんろやカセットガスなどは、使用期限に合わせて買い換えが重要だという。合同会社ソナエルワークスで代表を務める備え・防災アドバイザーの高荷智也さんに、使用期限の確認方法などを教えてもらう。
農林水産省は11月20~22日、産地や大学、企業などが農林水産・食品分野での最新成果を出展する「アグリビジネス創出フェア2023」を東京ビッグサイトで開いた。エゴマやシシトウ、ワサビといった地域特産物で、他品目との農機併用による機械化や、異業種連携による新技術開発など、省力化や収益向上を図る成果が報告された。
【岩手支局】奥州市衣川の熊谷翼〈たすく〉さん(33)は、祖父の清蔵さんが代表理事を務める農事組合法人熊谷畜産で、祖父、父の清悦さんとともに3世代で肉用牛170頭を飼養。畜産経営の傍ら、狩猟免許を取得し、イノシシ、ニホンジカ、クマなどの有害鳥獣駆除に取り組む。翼さんは酪農学園大学を卒業後、2013年に新規学卒者を対象とした同市の就農補助制度を利用して実家で就農した。「幼いころから家に牛がいたので、将来は畜産に携わることしか考えていなかった」と翼さん。現在は繁殖牛60頭、肥育牛110頭を飼う。牛舎内で病気がまん延しないように、敷料の管理に気を配る。「敷料を小まめに交換し、清潔な床にすることで、獣医師に診てもらう回数が大幅に減った」。牛白血病の対策として、牛舎周りにミントを植えている。「牛白血病はアブなどの吸血昆虫が媒介となって発病する」と翼さん。NOSAI獣医師に相談すると、ミントにはアブが嫌がる成分が含まれているため試すように勧められたという。「今年植えてみたところ、昨年より牛舎内のアブが減った。ミントを株分けして、別の牛舎の周りにも広げていきたい」と話す。「牧草地をイノシシに荒らされることが毎年の悩みの種」と翼さん。有害鳥獣を駆除する目的で狩猟免許を21年に取得した。市内の山林に仕掛けたくくりわなにかかったイノシシやニホンジカを猟銃で仕留める。昨年は約50頭のイノシシを駆除したという。「有害鳥獣の生息数が減らないと被害は少なくならない。電気柵などで寄り付かないようにすることも大事だが、ある程度の駆除も大事」と翼さん。「被害は増えていくと思うので、地域の農業を守るためにも活動を続けていきたい」と話す。
〈写真:「今年はすでにイノシシ20頭、クマ2頭を駆除した」と翼さん〉
【山口支局】「農業をするなら珍しい作物を作ろうと思い、栄養価に優れたスーパーフードのモリンガと青パパイアの栽培を始めました。将来、学校給食の食材になったらうれしいですね」と話す山口市の長冨英一郎さん(60)と妻の千絵さん(59)。2021年に神奈川県横浜市からUターンし、実家の水田を畑に転換してモリンガ約10アールと青パパイア約5アールを栽培する。英一郎さんは「私たちは共に銀行員だったので、農業は何も分からない状態からのスタートでした。ある日、市内でモリンガを栽培している方がいると聞き、教えを請うため飛び込みで行きました」と話す。「モリンガと青パパイアは暑さに強いですが、越冬できないため苗を毎年植え替えます。虫や鳥に食べられることはないので作りやすいと思います。5月から約6カ月の栽培期間に2、3メートルの高さに成長するため台風対策が必要です」。昨年は台風の接近で被害を受けたため、今年は防風ネットの設置と竹製の支柱で対策を講じた。モリンガは枝の部分から手で収穫し、葉を食用にする。「市中で流通していない新鮮な生の葉をそのまま食べてもらいたい」と、近所のスーパーに出荷。収穫後3日目で葉がしおれるため、鮮度を保っているうちにスーパーから回収し、ほかの収穫した葉とともに天日干しして、乾燥した葉をシーズンオフに販売する。英一郎さんは「今年から化学肥料を使わずに栽培しています。安全・安心な栄養価の高い野菜にこだわりを持って、自分の納得いく出来を目指します」と意欲を見せる。
〈写真:モリンガの生育を見る長冨さん夫妻〉
【新潟支局】新潟市中央区女池の「株式会社楽々〈らら〉」は、特許技術「マッシュファメンタシステム」でキノコの発酵菌床を製造・販売。この装置は一般的な菌床製造と異なり、オール電化であるほか、滅菌のための燃料を必要とせず、使用済みの菌床は堆肥として再利用が可能など、循環型農業モデルとして国内外から注目されている。同社代表取締役の駒場裕美CEO(最高経営責任者)は「異業種の仕事をしていたのですが、縁あってキノコの発酵菌床に取り組むことになりました。ノウハウがないところからの技術開発で、とても苦労しました」と話す。一般的な菌床製造では、攪拌〈かくはん〉、瓶・袋詰め、ボイラー(滅菌)、冷却、クリーンルーム(接種室)という工程や設備が必要だ。おがくずに米ぬかなどの栄養を混ぜ固めた培地を使用して栽培し、その後の菌床は廃棄処分することが多いという。同社のマッシュファメンタシステムは、原料を投入しておけば、IoT(多様なものをインターネットで制御する仕組み)技術による自動・遠隔制御で、完成予定時間に対し、攪拌、殺菌、発酵を一気通貫で実施し培地が完成する。原料は「コットンハル(綿実油の搾りかす)」と「ビートパルプ(テンサイ糖の搾りかす)」のほかは水、種菌だけで、農薬や添加物、栄養剤は一切使用しない。使用後の菌床は自然環境に約半年から1年置いて再発酵させ、完熟堆肥として野菜生産などの土作りに活用が可能。地球にやさしい循環型農業を実現した。「楽々の発酵菌床は菌の力だけで大きく育ちます。一般の菌床栽培に比べて、天然に近いおいしい味と食感が楽しめます」と駒場CEO。ヒラタケは20日、タモギダケは15日程度で培養が完了し、その後、1菌床で2~4キロ、3回程度の収穫が可能だ。菌の力が強いため、暑さや寒さに強く、キノコ栽培の特別な設備を増設しなくても生産が可能なので、既存のビニールハウスや農業施設などを有効利用し、農閑期の収入源としても活用できる。現在、ヒラタケ、タモギダケを中心に、ナメコやエノキダケを1ロット80菌床(1菌床6.5キロ)で販売。今後はさらに物流費の高騰がネックになるだろうという駒場CEOは「各地でマッシュファメンタシステムを導入してもらうことで、地産地消、持続的農業の一助になれば」と話す。
〈写真:発酵菌床で栽培したヒラタケ〉
【長崎支局】「人と自然を大切にしたシイタケ作りを通じて、多くの人に食べて幸せになってもらいたい」と話すのは、南島原市の農事組合法人サンエスファームで課長を務める佐藤達也さん(41)。同法人では消費者向けに体験サービスを提供する。「安全で体に良い商品を消費者の皆さまに届けたい」という思いから、農薬などを使わない栽培法を採用。全国的にも珍しい品種のシイタケを1ヘクタールの敷地で栽培する。体験サービスは「工場見学」「収穫体験」の2コース。菌床ブロックができる工程や15万個もの菌床ブロックが並べられた棟など、出荷までの一連の流れを見学することが可能だ。菌床から生えたシイタケを見ながら、おいしいシイタケの見分け方を教えてもらえるのも魅力となっている。敷地内にはカフェを設置し、シイタケのオリジナルメニューを提供。取れたての「肉厚生しいたけ」をはじめ「しいたけチップス」などの加工品も販売する。佐藤さんは「今後はカフェメニューや加工食品の開発・販売に力を入れていきたい」と意欲を示す。
〈写真:シイタケの収穫方法を説明する佐藤さん〉
▼食料需給の不安定化リスクの高まりを踏まえ、政府・与党は法制化を視野に不測時の食料安全保障の在り方を検討している。農林水産省が近年の事例などを基に不安定化の要因と影響を分析し、リスクを具体的に示している。
▼例えばアフリカ豚熱は、2007年にアフリカを出て欧州で初確認され、23年までに欧州の24カ国に拡大。アジアには18年に侵入し、18カ国・地域に広がっている。まん延した中国では、19年の豚肉生産量は約1100万トン減り、前年比78%になったという。日本に侵入したらと怖くなる。
▼食料供給に不安が生じた場合の輸出国の輸出規制についても整理した。20年の新型コロナでは28カ国41品目(カロリー換算で貿易量の8%)、22年のウクライナ危機では49カ国80品目(同19%)に及んだそうだ。
▼現在の農林水産物輸入額トップは中国で世界の総輸入額の3割を占める。アフリカ豚熱のまん延では豚肉輸入を急拡大した。不測時の買い付け競争で、経済力がなければ買い負けのリスクもある。輸入に依存する国ほどリスクも多く影響は大きい。