今週のヘッドライン: 2023年09月 1週号
輸入飼料価格の高止まりが続く中、水田転作による子実用トウモロコシ生産が注目を集めている。圃場の透排水性改善や連作障害回避などの効果も期待され、輪作体系の1品目として導入が徐々に増えている。先進的に取り組む北海道子実コーン組合(柳原孝二組合長、43歳)では今年、JAを通じた員外集荷を含め、約1200ヘクタールで1万トン超の集荷を見込む。一層の普及・定着には「10年、20年先を先を見据えた交付金体制が必要」と強調する柳原組合長。全国の生産者組織とも連携を図りながら、高まる需要に応えていく考えだ。
農林水産省は8月29日、適正な価格形成に関する協議会の初会合を開催。持続可能な食料供給の実現に向け、生産から消費までの各層関係者で適正取引を推進する仕組み構築へ検討を始めた。生産資材価格などが高騰する中、農産物価格は横ばいで推移し、生産現場からは再生産が見通せる価格の実現への期待は大きい。一方、家計も物価高の直撃を受けており、価格転嫁に伴う国産農産物の消費減退などを懸念する声もある。国内生産基盤に立脚した食料安全保障の確立へ、消費者をはじめ各層の納得・合意が得られる仕組みを作れるかが問われる。
農林水産省は8月31日、2024年度農林水産関係予算概算要求を決定し、財務省に提出した。総額は23年度当初予算比20.0%増の2兆7209億円で、海外依存度の高い麦・大豆などの生産拡大支援など食料の安定供給確保に向けた構造転換に重点配分した。
経営安定対策の拡充では「収入保険制度の実施」に92億7千万円増の399億1300万円を計上した。加入者が支払う保険料の2分の1を国が負担する「農業経営収入保険料国庫負担金」と、加入者による積立金の3倍に相当する金額を国が負担する「農業経営収入保険特約補てん金造成費交付金」は合計で91億2100万円増の369億5900万円を要求。「農業経営収入保険事業事務費負担金」と、JAなどの関係機関が都道府県協議会を構築して取り組む普及活動や加入申請サポート活動を支援する「収入保険加入支援事業」は合わせて1億5千万円増の29億5500万円を計上した。
「農業共済事業の実施」は、38億5100万円増の839億6400万円を要求した。共済掛金の約半分を国が負担する「共済掛金国庫負担金」は所要額として5億8200万円増の474億7千万円、「農業共済事業事務費負担金」は31億5千万円増の359億5600万円、「家畜共済損害防止事業交付金」は1億1900万円増の5億3800万円を計上した。
収入保険では、インターネット申請で加入申請や事故発生通知、営農計画の変更など、ほとんどの手続きを自宅や事務所のパソコンやタブレット上からできる。また、加入時の付加保険料(事務費)が、新規加入で4500円、継続加入で2200円の割引となる。インターネット申請は「農林水産省共通申請サービス(eMAFF〈イーマフ〉)」を利用するもので、農業保険のほかにも、農林水産省が所管する制度の申請や補助金や融資などの申請にも利用可能だ。同省では申請者の負担軽減に向けて各関係機関などを通じて普及を進めている。
毎年9月10~16日は「自殺予防週間」だ。「いのち支える自殺対策」として、国や地方公共団体などが連携し広報・啓発活動を推進している。2022年の自殺者の総数は2万人を超え、農林漁業自営者の自殺は372人であった。対策の一つとして厚生労働省は、大切な人のいのちを失わないよう、悩んでいる人に気づき、声をかける「ゲートキーパー」になろうと呼びかけている。同省の資料からゲートキーパーの役割や取り組みのポイントを紹介する。
富山県入善町浦山新の有限会社ビガーラスファームでは、水稲34ヘクタールのほか、大豆は食用「えんれいのそら」16.5ヘクタールと種子用「シュウレイ」4.5ヘクタールを栽培。2022年産大豆の10アール当たり収量は222キロ(県平均124キロ)を達成した。大豆を作付ける圃場は、2~3月に代かきを行って土壌を均平にして滞水を防ぎ、雑草抑制にもつなげる。播種同時の畝立てでは、畝の形に切り抜いた均平板と小型畝立て機を組み合わせて高畝を作る。排水対策を工夫し、多収につなげている。
〈写真:畝間灌水を行う種子用「シュウレイ」の圃場で市森さん〉
【島根支局】益田市にある合同会社農夢〈のうむ〉では、ICT(情報通信技術)を活用し、大型ハウス2棟(24アール)でトマト栽培に取り組む。安定した生産を目指すとともに、作業量を減らすことで、幼児から中学生までの子供がいる子育て中の女性社員4人が働きやすい環境で栽培に力を注いでいる。同社がICTを導入したのは2013年。大型ハウス内の水やりや肥料管理、保温カーテン開閉による温度管理など、湿度以外の管理を自動化した。農場長の中島明日香さん(40)は「農作業に常に人手をかける必要をなくし、休日(土・日・祝日)や有給休暇の取得につなげています」と話す。栽培に携わるのは農業経験がなかった20~40代の子供を持つ女性社員。技術指導を受けたり、職場環境を整えたりすることで長期雇用につながっている。社員の沢江さんは「子育てで大変な中だけど、野菜が好きで就業しました。雰囲気が良く働きやすい環境で助かっています」と話す。子育て中の社員は、子供が家にいる期間や急病などの対応が必要だが、ハウスの自動管理と社員同士の助け合いで有給休暇は取得しやすい。子供の夏休み中はトマト栽培の準備期になるため、半日勤務の導入などで対応している。作業は、7月に定植、8月に授粉作業をした後、9月から翌年6月まで収穫。給水・肥料・遮光・保温カーテン開閉などを自動化したことで、主要作業の芽かきや誘引、収穫などを中断することなく作業ができ、社員の負担は減った。現在の平均収穫量は20トンで目標の25トンに達成していないものの、収量は年々増加している。一方、地域的に日照不足になりやすいため、赤みがつきにくく割れやすいという課題があり、廃棄されるトマトの加工品への活用を検討中だ。代表社員の田原裕司さん(68)は「ICTの導入で人手不足の解消につながり、育児世代の女性が働きやすい環境づくりに取り組んでいます。これからも環境整備に力を入れていきたいですね」と話す。
〈写真:仲良く楽しんで農業に取り組む社員。左から長﨑さん、沢江さん、中島さん、西浦さん〉
岩手県宮古市 扇田 友和〈おうぎた・ともかず〉さん(38)
祖父の遊休農地を利用して、2017年に就農しました。ブロッコリーやトマトなどの野菜2ヘクタールを両親と栽培し、堆肥を使うなど良質な土作りを意識しています。21年からミニトマト「アンジェレ」をハウス3棟(5アール)で栽培しています。契約栽培で販売価格が安定しているため収益性が高く、規格外品が少ない品種なので、夏季の主力品目になっています。19年10月の台風19号で圃場が冠水し、レタスは20アール分が出荷できませんでした。ほかの野菜の売り上げで減少した収入を補えましたが、自然災害など回避できない事態への備えは重要だと感じました。収入保険は、品目にかかわらず農業収入全体の減少を補償する制度という説明をNOSAI職員から受け、今年加入しました。万が一のときに支えになるので、安心して栽培に励むことができるようになりました。今後は栽培面積や品目の拡大、従業員の雇用などを検討しているので、心強い保険ですね。就農当初に青色申告を始めました。収支決算をしっかりすることで、農業経営の見直しにつながります。特別控除を受けられるメリットも大きいですね。収入保険に加入するには青色申告の書類が必要です。収支を明確にして経営を振り返るだけではなく、加入への第一歩として青色申告を始めることをお勧めします。
(岩手支局)
〈写真:「収入保険はさまざまな品目の栽培に挑戦する後押しになりますね」と扇田さん〉
【山口支局】「ミカン栽培が健康の源です」と話す平生町の藤永正さん(93)。妻の綾乃さん(89)と、「興津早生」「南柑20号」などを30アールで栽培する。藤永さん夫妻がミカン栽培を始めたのは1962年。正さんは「町村合併を機に『ミカンを平生町の特産品にしよう』と取り組みを始めたのがきっかけです」と話す。綾乃さんは「主人が勤めに出ていたので、主に私が栽培していました。私は非農家で育ちましたので、ミカンに加え、当時は水稲も栽培していて大変でした」と振り返る。「以前は完熟してから収穫しましたが、3年前から収穫時期を早めました。青切りにしたことで、風味がより良くなります」と綾乃さん。樹勢の回復が早まり、次の年の花芽が着きやすいという。正さんは「高齢化で耕作放棄となった園地が増えています。同世代の農家は、みんな栽培をやめました。私たちが健康でいられるのもミカン栽培のおかげ。これからも栽培を続けていきたいです」と話す。
〈写真:摘果作業に励む藤永さん夫妻。「いずれは長男に栽培を継いでもらいたい」と話す〉
【北海道支局】長沼町のYOUR FARM合同会社・桃野慎也さん(30)は、自家産大豆を原料に植物性プロテイン(タンパク質)「ソイプロテイン」を開発した。桃野さんは、スノーボードクロス日本代表選手として数々の世界大会で活躍する中で、体づくりのために飲み始めた牛乳を原料としたホエイプロテインが体に合わず、大豆を原料としたソイプロテインに切り替えたところ調子が良くなったという。開発に当たっては、プロテインの専門家をアドバイザーに迎え、配合する栄養素などを試行し、1年かけて完成した。ソイプロテインは、YOUR FARM合同会社のホームページで販売する。注文受け付けから代金の決済、商品の発送まで自動で行えるウェブ販売サイトを開設した。現在は100人以上が定期便を契約し、自家産の野菜プレゼントやイベントへの招待など、定期購入者への特典を用意している。桃野さんは「大豆以外の作物を使った商品の開発も考えています。海外の友人が多いので、インバウンド(訪日外国人)向けの民泊もやってみたいです」と意気込む。
〈写真:「ソイプロテインは海外への販売も考えている」と桃野さん〉
▼福島第1原発の処理水海洋放出について、国内では比較的冷静に受けとめている印象だ。一方で、中国は日本産の水産物輸入を全面停止し、香港も福島など10都県産の水産物輸入を停止した。国際原子力機関(IAEA)が7月に示した包括報告書では、人や環境に与える影響は無視できるほどと結論づけているが、全く意に介さず強硬な態度は変わらない。
▼日本産水産物の輸出先で中国と香港は1位と2位であり、輸出額の4割を占める。輸入停止が続くと、東日本大震災と原発事故からの復興を後退させかねない。政府には早期の輸入再開や水産業への影響回避・補償に全力を挙げてもらいたい。中国には外交問題に絡む思惑もあるようで困難は承知だが、水産業へのしわ寄せは許されない。
▼処理水の放出決定前に行われた岸田文雄首相との面談で、全漁連の坂本雅信会長は「漁業者と国民の理解を得られないままでの処理水放出に反対であることは変わらない」と発言。科学的な安全性への理解は深まっているものの、科学的に安全といっても風評被害はなくなるわけではないと訴えた。
▼欧州連合(EU)が輸入規制を撤廃したのは、原発事故から12年を経た今年8月3日のことだ。科学的な安全性だけでは割り切れない気持ちがあるのは当然だろう。政府には、風評を気にせず漁業を営める日が来るまで伴走する責務がある。