▼京都市の繁華街にも近い上賀茂地区。閑静な住宅地の一角に露地畑とハウスが建つ。京野菜のスグキ菜の栽培と漬物に加工する農家の作業場。
▼世界に冠たる国際観光都市の一角、ここで野菜生産が存在していること自体が、固定観念も手伝ってか異次元空間に迷い込んだかのような錯覚を覚える。飴(あめ)色になるまで発酵させる「酢茎菜漬け」は千枚漬けなどと並ぶ京都3大漬物の一つ。この地区に伝わる特産だ。
▼種子や農法、銘柄を引き継いできた何代にもわたる農家はある日、野菜をもとめて来た近隣の女性から、「農薬はしっかり使ってくださいね」と要望されて、「?」と一瞬耳を疑った。購入野菜の葉っぱ裏に、青虫がモゴモゴと動いていたのを見つけたらしい。「農薬を使わないで」との声は露地野菜農家ならよく耳にする。しかし、相反する言葉を聞いて「消費者ニーズっていったい何なのか」と改めて考えさせられたという。
▼作物栽培への理解を示す意図か、単に青虫嫌いからか......真意はわからない。だが、「使って」と請われても、使わず何年も漬物食材や生鮮野菜を生産し続けた経験と自負もある。それが混住地域で営農する生産者としての姿勢と考えるから。
▼作業場の向かいに、不在時や夜間でも住民が購入できるようにと野菜自動販売機も設置した。上賀茂の地場野菜を育て特産漬物に仕上げる日常の中で、『世相』という有象無象な価値観がうず巻く時代。それでも、姿を変えない頑(かたく)なさが伝統の強さなのだ。