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防風林「関税撤廃で危惧される日本の食卓文化 新たな貧困も【2016年6月3週号】」

 ▼「今晩のご飯は何?」「ビフテキだよ」「やったー」。昔、少年だったHはまれに食卓を飾るビフテキに歓声を上げて喜んだ。だが、小学生時代のある日、この料理はビフテキではないのでは......と疑いをもった。
 ▼牛のイラスト入りで「すきやき風味」と表示されたふりかけと、目の前のビフテキと称する料理の風味が全然違っていたからだ。「これ牛肉だよね?」と母親に問うた。「そんな高級な肉はぜいたく、豚肉で十分」。今風にいえばHの母親による「牛肉擬装」となるのだが、四十数年後、焼いた豚肉が例えビフテキでなくても、母の味は記憶の片隅にある。
 ▼先の東京オリンピック開催を契機に、昭和30年代後半からの高度経済成長は、国民の生活水準を向上させたが、地方では好景気の波に乗れた業種は限られていて、裕福な家庭はそう多くはなかった。貧富の差は、中学時代の持参弁当の中身に現れた。
 ▼日の丸模様に申しわけ程度のおかずが入ったHの弁当に対して、まるで欧米の国旗のように彩られた弁当を広げる建機販売業の娘、デザートをほおばる工務店のドラ息子が輝いていた。その後、大量消費の時代に入り豊富な食品が店頭に並び、「ぜいたく」や「もったいない」という言葉も同時に聞かれなくなった。
 ▼TPPで関税率引き下げや撤廃で、低価格の海外農産物が輸入され食卓にあふれるとしたら、日本食文化が徐々に衰退ししかねない。それは、深刻な「新たな貧困」の到来となりはしないか。